香也子はぐるりと居間の中を見まわした。水彩の旭岳の絵が壁にかけてあるだけの、すっきりとした和室だ。香也子の家のように、ソファーもなければ、花瓶や人形を飾る飾り棚もない。カラーテレビはあるが、香也子の家のものよりずっと小さい。が、いかにも掃き清め、拭き清められたというこの部屋に、香也子は記憶があった。それは、幼い頃のわが家のふんいきと同じだった。家の中すべて、どの部屋も、空気さえ張りつめておかれてあるような、そんな感じの清潔な家。香也子は黙って保子を見た。幼い頃のあの家に、姉の古着を着た自分の姿が甦った。それは、驕慢な香也子には、屈辱的な思い出だった。
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